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考えのひとつ
どんな人になりたいか−

について考える

前に

なぜか最近先が見通せないかんじについて 考察する

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先が見通せないということはどういうことか−

正確に言えば見通せないのではなくて見通す気がないということになる
芯になるものがないので 見通す方向や見通すための穴がどこにあるのかさえ
よくわかっていないのである

それでいてすぐに吹聴や噂や流行や人間関係や欲望に左右されるから
自然と自分が楽で楽しい方向にどうしても無意識がいってしまい日々消耗している
というのが正しいところか
うまく回らないのには訳がある

芯になるものは何かというと これはあまりブレがない解答が見えていて
シンプルに自分の感覚や確信のようなものであると言える

「これは面白い」「これは大事だ」「これはもっと知りたい」
「これはよくわかっていない」ということであって
このあたりは意識をお腹の真ん中辺りだったり頭の中心あたりにもっていって
一人でいるときにそこに集中することでわかるものだったりする−

意識を集中するためにはその対象物の数も減らさなくてはいけないし
自分だけで考える時間が必要だ
それに適度な刺激もいると思う

生活と集中作業はなかなか同居しない
バランスを取ろうとする作業は意識の集中と別のところにあって
社会というのは中庸であるとか普遍性があるとか汎用性があることが
そのエネルギーの中心にあるからだ

バランスを取りながらも意識を集中するということが
出来る人もいて というか自分自身でもやれることはあるけれど
それがまだうまくコントロールできていないということではないか

目の前にあることから湧き出てくるもの
自分自身の中から湧き上がってくるものをもっと凝視する必要があるのだろう

うまくコントロールできていない原因は何か
まだよくわからない

時間の問題
意識の問題
言語化の問題

体はまだまだ意識と別の動きをして
集中作業を邪魔しては甘い誘いをかける

目の前にあるものをもっと深く見つめてみることで
湧き上がってきたものを
書き留めることから始めてみようか

続く













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硫黄島について
硫黄島についての長い前置きは面倒くさいので辞める

端的に言えば
父方の祖父が硫黄島で戦死したことを僕は知らずに20数年間生きていて
つい2年ぐらい前にそのことを知った
なぜそのことについて 両親は語ってこなかったんだろう
今度機会があったら聞いてみよう

それを知って僕は 61年の時を経て僕は祖父と邂逅する
見知らぬ人だったのに 急に身近に思えるようになってきた
どんな祖父だったのだろうと

「散るぞ悲しき」という本の中に僕の祖父が登場する
僕が知る父方の男性は父一人だけれど
ここで祖父と本格的に出会うことに

祖父は硫黄島から家族に向けて手紙を書いている
それを祖母は大切に保管してきた
そこには幼き父やその妹二人 そして妻への思いが語られていた
戦場にいながらにして 本土で自分を待つ家族へ向けて
とても戦場からの手紙とは思えないような優しい言葉で
祖父は父たちに話しかける 簡単な平仮名で

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自分と血のつながった人を知ることは歴史を知ることでもある
僕はここでようやく戦争ときちんと向き合うことが出来るような気がした
祖父が守った硫黄島と今僕が住む目黒区は
地続きではないが 続いているものがあるのだ
何しろ僕はその祖父の息子の息子なのだ
一度でいい 会いたかった

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「散るぞ悲しき」で知ることの出来る歴史
それは僕にとっての歴史だ
戦争がどんなもので
なぜそれが起こって
何がそこで起こったのか

何かがつながっているという感覚

これはひとつの僕の今後を指し示す
重要な実感でもある
| mossa | 思ったこと | comments(0) | trackbacks(8) |
韓国について
とりいそぎ 思いつくままに

韓国に興味がある

発端は何だろう いまさらながら今年観た「猟奇的な彼女」かな
チョン・ジヒョンが好きで 映画も楽しくて ワクワクした
もっと知りたくなった

前後して「グエムル 漢江の怪物」を観た
びっくりした ポン・ジュノってすごいんだって知らなかったから

続いて「殺人の追憶」を観た
打ちのめされた なんて監督だ ポン・ジュノ

で「吠える犬は噛まない」のDVDを買った
屋上のペ・ドゥナが走り出すシーンが大好き
と ここまでポン・ジュノですね とにかく

同じ頃に「オールド・ボーイ」を観た
好きだった

ここまで第一段階
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評判を聞いていた映画を立て続けてみて
全て面白かったことで一気に韓国への興味がわく

9月には年に1度の休みで北海道旅行を計画していたのに
あまりにコストがかかるので諦めてソウル旅行を思いつく

行ってみた
面白かった
飯上手かった
ハングルに興味が出た
韓国人にも韓国にも興味が出た

ここまでで第二段階

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「トンマッコルへようこそ」を観た
描かれている戦争がよくわからなかった
歴史に興味なく 教育も受けず育ってきたからだ

韓国のことも歴史のことも在日のことも話題に出ない環境で育ってきて
特別興味も持たず そのまま暮らしてきた自分の問題でも当然ある

帰って資料をひっくり返す
朝鮮戦争について初めてちゃんと学ぶ気持ちが出た
なるほど そうか
ますます韓国に興味が出る

「歴史を知ればもっと面白い韓国映画」を今読んでいる
知らなかったことを恥じる気持ちを持ちつつ
でも恥じていては始まらないと読み続けている
今後もこの興味はしばらく続きそうだ

映画が切り拓いてくれた道
ありがたく楽しんで さらに先に進みたい
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JUGEMにふらりと帰ってくる
ミクシィが手狭になってきたので ふらりとJUGEMに帰ってきました でも誰か読んでんのかな JJS以外の人でも 主に読んだり観たりしたものの中で リマインド的な役割にしてみようと思っていますので メッセージ的な日記的な役割は薄くなるかも では続く
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JUGEMにふらりと帰ってくる
ミクシィが手狭になってきたので ふらりとJUGEMに帰ってきました でも誰か読んでんのかな JJS以外の人でも 主に読んだり観たりしたものの中で リマインド的な役割にしてみようと思っていますので メッセージ的な日記的な役割は薄くなるかも では続く
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さようならを迎えて
5月3日

父方の祖母が他界した
94歳だった

父には二人の妹がいて(つまり僕の叔母)
そのうちの一人の夫婦と長く同居して
滝山団地に住んでいたので
滝山のおばあちゃんと呼んでいた

その夫である僕の祖父に
僕は会ったことがない
第二次世界大戦で戦死した祖父
つい1年ほど前に 硫黄島で亡くなっていたことを知った

硫黄島から祖父が戦中に 僕の父や叔母たちに書いた手紙
妻である僕の祖母に書いた手紙を初めて読んだとき
なつかしいような うれしいような気持ちになった

やさしい言葉が書かれてあった
戦地で見つけたひなどりを 息子娘になぞらえて
故郷を懐かしんでいた
戦争が身近に感じられた 悲しくもなった

その祖父の手紙を読んだ後
今回亡くなった祖母へ 僕は十数年ぶりに手紙を書いた
もっと祖父の話が聞きたいとか
そういった自分のことだけ書いた気がする

返事が来た
祖母は昔のことではなく今のことに触れ
遊びに来なさいと書いてくれた

滝山から故郷である岩国に隠居した祖母には結局
その後ほとんど会わずじまいで
病床に臥せてからは 父親や叔母の話から
様子を知るだけに
結局最後のやりとりは手紙になってしまった
僕は遊びに行かなかった

生前の意思で献体を希望した祖母のお骨と対面するのは
しばらく先になるらしい
それまで 写真を見るだけしか その死を実感する術はなく
あとは想像の中か こうして言葉に記すだけ
祖母が僕にとってなんだったのかは
この先にわかることなのだろうと思う

===========

5月9日

続くようにして 今日 母方の祖父が亡くなった
祖母の死から6日後のことだ
96歳だった

1週間に二人の祖父母を亡くすことの意味は
二人であっても一人であっても十人であってもわからない
相変わらず 死が示すものが何なのかはわからない
ただ そこにいるだけ ただ そこにいないだけ
ではないんだよな 何なんだろう

これで僕の祖父母は全員他界したことになる
あとは親の代 僕らの代 そしてその子の代になった

祖父は新聞社に勤めていた
僕が知る限り 僕に身近な親戚の中でもっとも博学で
読書家で 仕事人間だった

膨大な量の本を読み それを部屋に積み
信じられない知識の引き出しを持っていた
あるときは突然レストランでラテン語が書かれた壁掛の意味を
店員に聞いていた 当たっていた
なんだそりゃと思った

一方でその妻(13年前に他界した僕のもう一人の祖母)と
5人の娘息子を育て 仕事をかなり晩年までやっていた
ある意味 モンスターみたいな人だった

喋りたいことはたくさんあったはずなのに
元気だったころの祖父と話をするために
必要な興味も知識も意欲もなかった僕は
大きくなり成人して働き始めた後
祖父の凄さを感じながらも
結局は忙しいという尤もらしい理由で
それほど祖父のところに足を運ばずに
こうしてさようならの時が来てしまった

活発な議論は出来なくなった晩年
僕はよく祖父の家の書庫に忍び込んでは
埃をたたきながら祖父の本を拝借してきていた

実家に帰ると 祖父が僕の兄にあげたという
岩波の全集を再発見した
ドン・キホーテを家に持って帰った
まだ読んでないけれど

この先の人生で僕は
祖父の何分の一 本が読めるのだろう
祖父の何分の一 子供を育てるのだろう
祖父の何分の一 苦労をするのだろう もしくはしないのだろう
そもそも祖父はどんな人生を生きてきたのか
まだ十分に僕は知らない

もうすぐ御通夜がやってくる
告別式がやってくる

さっき触った祖父の体は
冷たくなっていたけれど
まだ少しはあたたかくて
いるな と思った
死んでも存在感があるな と思った

親戚のみんなから
祖父の話でも聞いて
はなむけをしよう と思う

おばあちゃん おじいちゃん さよなら

もうすぐ映画がクランクインします

ではまた
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最近思うこと
さてはて

はや11ヶ月ぶりの更新であります

もはや誰も見ていないのではと思いますが
ミクシィとは別の書き込み口として
もしかして今後も活用しようかなとも思いつつ

あまりにもこの11ヶ月は速すぎて
振り返るのも一苦労ですが
おおまかに言えば
2005年4月に転職のきっかけがあり
5月中旬ぐらいまで悩みに悩み転職を決意し
7月にたまゆらをやって
8月に引継ぎをやって
送別会をしてもらって8月末で退職
セブ島に旅行に行って9月12日から新しい会社へ

戸惑いも多かったものの
徐々に慣れていき
ひたすら企画開発の様子を見ていった

休みは一気に少なくなり
仕事内容も一変
わからないことだらけ

そしていよいよこの春から
新作の撮影現場に入るので
専従となって今1週間が経ったところ

===

○ミクシィにも書いたけれど
 音楽はあんまり聴かなくなったかな
 CDを買うお金と時間的余裕
 聴く時間がなくなったせいかも
 ジャズが楽しくて仕方ない

○同年代の同僚が50人以上いたのに
 いなくなってさびしい気持ち
 はじめからなきゃ気にならないかもしれないけど
 あったものがなくなるのってさびしいもんだなと思う

○30が目前になってきて
 良くも悪くも先が狭まってきた気がする
 後戻りが利かないというかね
 そういう実感があるけれど
 それもそれで窮屈なようで
 でもきちんとひとつのことをやるってそういうことだよね
 とも思う

○やっぱりフランス語やらなくちゃなぁ
 英語もだけどね
 これをなくして僕の人生は語れんだろう
 無理してでもやらなくちゃ
 どんな目標設定しようかな

○ベースはとにかく今アップライトに興味あり
 ドムドム弾く姿を想像するだけで楽しい

○映画たくさん観たい
 観る目が変わったからかな
 好き嫌いもすごくハッキリ出るようになってきた
 最近嫌いだったのは「ミートザペアレンツ」
 最悪だった

○社会人になれば
 本当に年齢関係ないね
 しかも仕事以外の時間でどれだけ努力できるか
 っていうのはすごく影響があるね
 仕事しながら勉強するのは難しいし
 契約書 権利関係 早く勉強しなくては

○ディーパー アンド ディーパー
 まだまだ深く潜れる

○体が資本

○お金も資本

○ロックンロールはまだあるか?
 まだリアルなロックが鳴るんだろうか?
 それが必要なのか?
 たぶん必要だね

○文字を最近書いてないから
 こうしてたまには
 整理
 してみることに
 しまっす

とりあえずここまで
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ないとこから
昨日買って来たフィッシュマンズのベスト&レアを
家で聴いていて CDを止めた
無音の家なんて あんまり このかた しばらくなかったけれども

フィッシュマンズが必要じゃないんじゃなくて
音楽が必要がないかんじがするのです 最近は
きらいになったとはではもちろんなく

無音(正確には無音ではもちろんない)も
音楽がなっている状態と あんまり変わらないなと
思うようになりました

隙間を音楽で埋めていくようなかんじではなくって
もう少しピンポイントで音楽を鳴らすっていうことも
そろそろ出来てもいいのかも
(普通のことかもしれないけどね)

食べ物も雑誌もお酒も何も
取り入れるものの適量はゼロからカウントする方が数えやすい
そういう ちょっと不思議な気持ちです

久しぶりで 唐突ですが

そんなことで

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佐藤譲さん
「EUREKA」「沙羅双樹」「カタルシス」「誰も知らない」
などでお世話になった佐藤譲さんが亡くなった
56歳だった あまりにも急だった

御通夜と告別式に行ってきた
たむらさんが送辞を述べていた 寡黙だった

意味がわからなかった
いつも誰かが死ぬと意味がわからない
実感が湧かないとかいうのよりも 意味がわからない
死んでしまったということの意味が
会えなくなるなと思うだけで
世界のどこかにいるのではと ただ思う

多くの関係者が集まって
最初は静かだったけど
お酒とお寿司(何でああいうときってお寿司なんだろう)をつまんで
譲さんが好きだったバーボンやビールを呑んでいるうちに
どんどん場は賑やかしくなって それは悪い感じじゃ全然なく
またみんな次の作品の話をしている

思い出して悲しむには 時間が短すぎる
その死が唐突過ぎる
言葉になんて なるかボケッ

でも最後の最後で
譲さんの死に顔を見ることが出来て僕は
やっと少しだけ意味を理解した
死んでしまったような気がした

たむらさんが「終わりました」と言っていた
それが正しい言い方のような気がする
涙は出ない いつも僕は涙が出ない

帰り道には煙草を吸って死にまた一歩近づいた なんて
13分近づいた なんて

珈琲を呑んで笑ってまた次の映画の話をした

僕は今 譲さんの半分の28歳ですよ

それでは また
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月の光
        こんばんは

    「BIRTHDAY」(くるり)
  圧倒的な違和感 でも名曲だとすぐ分かる
       居心地のよさばかりがあっても仕方がないってこと

    「汀にて」(花村萬月)読了
     これで王国記シリーズは靴泙念貭未蠧匹鵑世海箸砲覆襪韻譴
      収録されている「月の光」は素晴らしい出来だ
     莫迦だとか理屈だとか神様とか体とか姿勢とかね
      いちいちそういった話題 楽しい

 今週は毎日呑んでいる
   毎日呑んでばかりいる 頭がおかしくなりそうとは大げさだけれども
  静かな時間は珈琲を呑んでいる休憩時間ぐらいなのか
   アルコールが足元に溜まって痺れる
  飲酒は僅かばかり運動的かもって慰めのように思うけれど

           呑みながら聞く話はいい
   呑みながら話す話はいい 泥酔さえしなければ飲酒は楽しい

      それにしても雪が降っている
   空から雪 雨みたいな
     タクシーの運ちゃん 第三京浜は積もってて運転も大変だと
    そうでしたか そういう予報でしたかと言いながら眠っている
     雨みたいな雪が 降っている

   「EVERYBODY SAY IT’S ALL RIGHT」
   (JERRY LEE PHANTOM)
  ベーシストがバンドに与える影響は大きい
    ガツガツ進もうとする楽曲をスピードダウン
   テンションダウン に思えるんだけれども 心地いい倦怠感
 四つ打ちに行って ダンスミュージックへ行き過ぎていた気がする
  このバンドを面白い方向に向けている
    直球で空を切っていたこの音楽についた新しい重しが
  遠心力でバンドを回転させている かっこいいと思う

 週末は寝たりアドレナリンがドピュっと出るような運動神経使いたい
  過剰な睡眠とか摂取とか運動とかいう刺激をもってして呆然としたい
     と  思います

   ではまた
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